あつみさん

あつみさんから、ご自身のご病気についてのお話があったのは2015年の全日本インカレの後でした。

お医者様からは、もう手術もできない状況ですと伝えられたそうです。
2018年に、それまであった連絡が届かなくなりました。
私は、あつみさんは知っていましたが、御実家と電話番号とご家族については面識もありませんでした。
ご病気がご病気でしたので、心配、不安もありましたが、連絡する術はなく、
思い悩んで、夏にお手紙を出させていただきました。
お母様から、お返事があり、5月11日にお亡くなりになられたことを知りました。
すぐに動けば良かったのですが、
しばらく何も考えられず、時間だけが過ぎて行きました。
お正月に、寒中お見舞いを出そうかと思いましたが、、、いざ書こうとすると筆が止まってしまいました。
それに。
私は、お仏壇、お墓、とにかく手を合わせに行きたいと思いました。
3月。
あつみさんの一周忌の後に、御自宅を訪ねてみようと思いました。
その際、マーメイズOGのサインを集めて御遺族にお渡ししたいと思いました。
3月からの短い時間でしたが、24人のOGのサインをいただきました。
私が、思いつくのが遅く、サイン帳は1冊だけに終わってしまったのは、後悔しています。
もっとたくさんのOGに協力していただけたのに。
5月25日。土曜日。
このタイミングが一番と思いました。
電話番号も知らないので、直接、尋ねることにしました。
もしも、いらっしゃらなかったら、その時は、その時。
住所は知っていましたので、最寄り駅から、歩きました。
少し迷いましたが、御自宅に着きました。
お母様に、あつみさんのバレーの友達で、お線香をあげさせてもらいたいのですが、とお話ししたところ、心良く家にあげていただけました。
亡くなられたことを知ってから、長く時間がかかりましたが、ようやくお線香をあげさせてもらいました。
色々、お話をさせていただきました。
お母様は、ご自分が先に〜そうおっしゃいましたが、あつみさんは、お酒も煙草もやらず、健康的な方でしたので、絶対、自分の方が先に逝くんだろうなと、私は思っていたので、、、なんだか言葉になりませんでした。
OGから集めたサイン帳をお渡しした際、本当にすごく喜んでくださいました。
お仏壇にあつみさんの写真がなかったのですが、御葬儀で使われた写真を持ってきてくださいました。
あつみさんらしい笑顔の写真で、
「あつみさんだ」
思わず微笑んでしまいました。
御自宅を後にする際、お母様が見送ってくださいました。
歩いて、振り返らない方がいい、
そう思ったけれど、最後の角のところで振り返ると、やっぱりずっと見送ってくださっていました。
深々と頭を下げました。
駅まで歩く途中、こらえきれないものが溢れてきました。
 さよならは、寂しいから、ありがとうを使うけど。でも、ありがとうも変わらず寂しいけれど。
ありがとうございました。