クウ、がんばれ!

クウさんで思い出すのは、2008年の東日本インカレだ。
1部春優勝の嘉悦大学に敗れた、2部準優勝の東海だったけれど、いい試合ができた。
それは秋に向けての確かな手応えを感じられた試合だった。
たまたま階段のところであったクウさんに声かけた。
ニコニコ笑っていた。
クウさんで、まず思い浮かぶのは、笑顔だ。


練習見学で、クウさんは体育館の中を走るランニングにおいて、いつも先頭を走っていた。
ある日のことだった。
それは、大事な試合で敗れてしまった翌週の練習だった。
クウさんがランニングで、後ろのほうを走っていた。
どうしたのだろう?
そう思って眺めていた。
残り1分の声。
すると、そこからクウさんがロングスパートをかけて、次々と前のランナーを抜かしていった。
あのひたむきな「走り」を見ていた時、何かしら伝わるものがあった。


また別の日に。練習が終わった後、クウさんが同学年のセッターのナオさんの練習を手伝っていた。
トスをあげるナオさんとそのお手つだいを丹念に長い時間、行っていた。
それは練習見学で見た美しい光景のひとつだった。


また松蔭大学の体育館では、厳しい場面を見た。
周りのみんなが、がんばれと声をかける中、クウさんが必死にボールを追って行く姿を見た。
胸が締めつけられるような場面だった。




東レアローズとJTとの試合。
クウさんがJTに入部してから、いくつか実現した試合。
クウさんがトスを上げるようになってから、一度だけJTが勝利している。
それは黒鷲旗の決勝だ。
あの時のクウさんは、素晴らしい活躍だった。
控えセッターとしてだが、チームの優勝に貢献した。
試合後に、JTファンの方からたくさんの賞賛の言葉を聞いた。


正直、クウさんのJT入りは心配のほうが大きかった。
セッターとは本当に厳しいポジションだと思うから。
杞憂にしかなかったのかな。
その時は、そう思って、少し気持ちも楽になった。


竹下選手、橋本選手が退団。
もうクウさんが正セッターとして、やるしかないという状況での近畿総合。
JTは決勝でリベロの濱口選手がサイド。セッターに転向したばかりの新人下平選手のアローズに敗れた。
スタンドにいた自分は、厳しい言葉も聞いた。



サマーリーグ
試合前に入場を待っていて、あるファンの方と話をしていて、
「JTは、あの近畿総合のアローズに敗れたのですから」
と揶揄された。


プレミアリーグが始まって開幕はNECと。
ストレートでNECの勝利。
チャレンジの会場にいた自分は、ある東海OGのお母さんと話していた。
「シンさんのいるNECが勝ったのは嬉しいけれど」
二人揃って、「素直に喜べない」と言った。


リーグも3レグに突入したが、JTは3勝。順位は7位。
アローズ−JTの試合は、アローズが圧勝する試合しか想像できなかった。
JTにも頑張ってはもらいたいけれど、やはりアローズも下位のチームに負けるわけにはいかない。
静かに見守ろうと思った。



試合が始まり、アローズの様子がおかしい。
昨日のNECとの試合の時と大違い。
集中力もないように思えたし、ミスが多い。
JTも同じくミスは多かったけれど、ここぞの場面でのミスがアローズは大きく、
違ったのが集中力。JTが必死にボールを追って、繋げる。
第2セットだと思う。クウさんが立て続けにアローズのスパイクを上げた。
そのボールを繋げ、得点に結びつけていた。


静かに見ていよう。
そう思っていたが、2セット落としてしまったアローズを応援しようと応援席に向かおうとした。
けれど、応援席に入るのは断念。
その場で、同じように静かに見ていた。


序盤からJTが走る。
第2セットから吉澤選手に代わって入った石井選手がよかった。
攻撃面で、全選手がよかったように思うが、それ以上によく「繋いだ」
それは立派だった。見ていて素直に拍手を送りたくなるバレーボールだった。
しかし、アローズもやはり底力がある。
しだいに点差を縮めていった。
このセットを逆転すれば、試合はどちらに転ぶかわからない。というか、逆にアローズが勝利するのではないかと思った。
そして、大事な大事な場面。
クウさんが上げたトス。
これをそのアタッカーが痛恨のスパイクミス。
アローズとしては、ここぞ!の場面。
JTとしては、絶体絶命の窮地。



ここで。
クウさんがニコニコの笑顔で、そのアタッカーの元へ駆け寄り、声を掛けていた。
ごめんねの手をあげて、落ち込むアタッカーに、ニコニコの笑顔で盛り立てていた。
クウさんの声が聞こえるようだった。
「大丈夫。大丈夫」
その瞬間、熱いものがこみあげてきた。

サーブを打ちに目の前にクウさんが来た時。
笑顔ではなかった。
厳しい厳しい思いつめたような顔をしていた。
ミスをしてしまったチームメイトには笑顔で盛り立て、世界一といわれた名セッター竹下選手の後、必死にもがいてプレッシャーと戦っている。
支えてくれるベテランセッターはいなくて、控えセッターは同じ新人の高卒ルーキーだ。
今シーズンは、クウさんが心配でJTの試合を多く見てきた。
ダメな時も、厳しい時も多くあった。
けれど、クウさん、山口かなめ選手は、ピンチの時、いつも笑顔でチームを盛り立てていた。
自分自身が至らない、不甲斐なく思ったことも、悔しい思いもたくさんあったと思うけれど、いつも懸命に笑顔で盛り立てていた。
クウさんの笑顔は、自分が思い出す笑顔そのままだ。
声をかけずにいられなかった。
「クウ、頑張れ!」